ラ・マンチャをいく

 2013年3月末から4月あたまにかけてスペインのカタルーニャ、バレンシア、アンダルシア、ラ・マンチャ地方を
レンタカーで旅した。

 スペインの風景のもつ苛烈なまでに単調な相貌には、
それに対面する人間の魂に、崇高の何たるかを刻み込む力がひそむ。
カスティーリャやラ・マンチャの広大無辺な原野は、そのむき出しそのものの相貌と呆然とするほどの果てしなさで、
人の心を魅了してやまない。
そこには、大海原の、厳かなまでの壮大さに相通じるものがある。

ー「アルハンブラ物語」より アーヴィング


 世の中にはお金で買えないものがいくつもある。
旅もそのひとつだろう。実際、飛行機代やらホテル代やら食費やら、ガソリン代などの少なくはない諸々の経費もかかっているし、
非日常とは異次元だから、様々なリスク、ストレスも増大する。
しかし、それらすべてが、ふっとんでしまうくらいの心震える情景がスペインにはたくさんある。
アーヴィングの「アルハンブラ物語」の一節はスペインの原風景をよく表現している。

     
     

1・2日目 バルセロナ
 3/25 22:00 成田空港からドバイを経由してバルセロナに至る便に家人と乗る。
エミレーツ航空を利用し、1日目は機内泊。(今回の旅程は12日間)
ドバイまで11時間。3時間くらいのトランジット待ちのあとさらにバルセロナまで6、7時間といったところ。
翌26日の13時(現地時間)にバルセロナにやっと到着。
日本との時差は8時間ほどで、日本が8時間先に進んでいることになる。
荷物を受け取り、さっそく予約していたハーツレンタカーのオフィスに向かい、国際免許証、オリジナル免許証、
パスポート、クレジットカードを提示し、受付を無事すませる。
バルセロナ空港はなかなか巨大だ。
説明を受けたレンタカーの駐車場は地下にあり、少し迷ってしまったが
なんとか今回お世話になる愛車を見つけることができた。
日本出発が夜遅く、そして現地到着が昼過ぎだとなんだか時間をうまく使えたような気がする。
 久しぶりのバルセロナ!はやくサグラダ・ファミリアに会いたいがまずはホテルが先だ。
この日のホテルだけは、日本を発つ直前に予約しておいた。(あとは行き当たりばったり)
バルセロナの中心地にある海沿いのホテル「グランドマリーナホテル」という。
バルセロナ空港と中心地は10キロちょっとと、かなり近い。
大都会の複雑な道路と久しぶりのヨーロッパの運転に少々、翻弄されながらもなんとか
15時、ホテルにチェックインすることができた。
バルセロナの空は青い。今回の旅も天気に恵まれればよいが・・・。
スーツケースを部屋に運んで、一息つき早速タクシーを利用してサグラダ・ファミリアまで走ってもらった。
ホテルからは5~10分くらいの距離だ、碁盤の目のように整備された美しい街並みを北に進む。
17時にサグラダ・ファミリアに到着すると、夕方にも関わらず入場待ちの長蛇の列ができていた。
バルセロナには観光スポットがたくさんあるがやはりここが1番なのだろう。
10年ぶりの再会に感慨深く、塔を見上げていればその長大さに首が疲れてしまう。
現在も建築中、以前訪れた時と顕著にここが変わった!というところは見受けられなかったが、
天に向かって突き刺さるような異様な塔の佇まいにはいつ来ても圧倒される。
入場券の他にエレベーターの券を購入すると、塔の上に登ることができるが、この日はすでに
この券が売り切れていて残念ながらバルセロナ市街を見おろすことができなかった。
1度、エレベーターに乗ったことがあるが、その時はたいへん貴重かつ足のすくむ体験だった。

       
すんなりとは入れない  まだまだ建築中  内部も首が疲れる   

サグラダ・ファミリアの教会内部、展示室、外観などを2時間ほどかけて堪能し、
再びタクシーを拾い、ランブラス通りに行ってもらった。
空気はやや肌寒くなってきたのでバルに立ち寄りワインと一緒にタパスをつまんだ。

     
バルセロナの市場     ランブラス通り

3日目 モンセラート、タラゴナ

 ホテルのビュッフェを食べて10時にチェックアウト、そして車に乗り込む。
今回の旅ではやはり、再訪しておきたかったモンセラートに向かう。
モンセラートはバルセロナから60キロほど北西に位置する圧巻の奇岩がそびえる神秘の山で、
サクラダファミリアを設計したガウディもここからインスピレーションを受けている。
今日はそれほど強くはないが雨がふり、山の頂上に近づくほどに霧が深くなっていく。
この雰囲気は意外と嫌いではない。人を拒むような神々しさを演出しているようで期待が逆にふくらむ。
以前、聴き逃してしまったミサの少年たちの歌う生の賛美歌は13時からなので、じゅうぶん間に合う。

     
  賛美歌を聴きに満席状態   

 賛美歌はわずか15分くらいだったが、ここの美しい合唱はたいへん有名で、観光客で教会内は足の踏み場もないほどだ。
まさに天上から舞い降りてくるような優しい響きに全身つつまれた。
 モンセラートの山を降りたところにあったレストランで昼食をとり、100キロほど南に位置する海岸の町、
タラゴナに向かう。
この地も10年ほど前、初めてのスペイン旅をバルセロナにした時、日帰りのショートトリップで訪れたことがあり、
いつかこの美しい町の地中海を臨むホテルに宿泊しようと心に決めていた。

 
 タラゴナのホテルから

 タラゴナに夕方到着し、車で適当に流しながら眺めのよさそうなホテルを物色する。
繁華街にも近く海の眺望もよく、しかもローマ時代のコロッセオも見下ろせる「Imperial Tarraco」という
ホテルに決めた。
ホテルの脇に車を停め、iPadを使いインターネットのサイトからホテルに予約を入れる。
こうすると、フロントで直接値段交渉するより宿泊費を安くすることができる。

 たまたま、仕事の区切り目でとった今回の旅行の日程だったが、まったくの偶然
セマナ・サンタ(聖週間)と呼ばれるキリストの受難を再現する盛大な行事が行われる
スペイン人にとって重要かつ、最高に盛り上がる週間にぶち当たった。
ぼくは何度もスペインを訪れていたが実はこの行事のことは旅行直前まで知らなく、
とくに南部のアンダルシア地方ではクリスマスと同じくらい盛大に催されているそうだ。
夕食をとりに町に繰り出すと、たくさんの神輿の行進や、地元の人、観光客で、ここタラゴナもたいへんな賑わいだった。

       
教会に大勢の人々  覆面と神輿が練り歩く  子供達の行進  

4日目 バレンシアのパエリア

 昼と夜はかなり、がっつり食べるので、この日からホテルでのビュッフェ式の朝食は、控えて朝は果物だけとることにした。
タラゴナから、とりあえずの目的地(知人と会う約束がある)のグラナダまで約800キロ。
左手に地中海を見ながらイベリア半島を南下していけるが、この日は中間地点のバレンシアあたりに
宿泊しようと考えていた。
この海岸沿いを走るのは初めてだが、けっこう高速料金がちょこちょこと徴収されてしまった。
(スペインの他の地域では、ほとんど高速料金はかからないのだが・・)
しかも、地図上では海の脇を走るのだが、意外となだらかに続く山々に阻まれた高速道路からは
期待していた地中海があまり見えなく、少々残念だった。
11:30ペニスコラで海を見ながら気持ちいい昼食。

     
今日も天気がよい!   ペニスコラの昼下がり 貝やらエビがやっぱり大好きで 

 バレンシア地方で一番有名なものと言えば、知名度からしてバレンシア・オレンジだろうか。
しかし実は他にもあり、ここはスペインでもたいへんな米どころとして知られている。
そのため、スペイン料理で最も人気のあるパエリアはここバレンシアが発祥の地なのだ。
今夜も宿は決めていなかったが、バレンシア地方にあるアルブフェラ湖の周辺には米の水田が広がっていて
湖のほとりの宿でのんびりするのもいいだろうと思った。
16:30「Alian」という湖畔のホテルにチェックイン。
湖畔といってもここらのホテルは湖畔からの距離はけっこう離れている。
予想していたよりもかなりの田舎でホテルのまわりにレストランや商店などもほとんどなかった。
ホテルのレストランの開く20時まで、部屋の窓から遠くに見える湖に沈む夕日を眺めながら過ごした。
町はなんだか寂れているし、ホテルも質素であまり料理も期待できないなあ・・と思いながらも
夜の部オープンの時間に合わせて、レストランに素早く入り早速、パエリア、肉料理、サラダ、ワインなどを頼んだ。
自分のスペインでの経験則なのだが、注文から料理が出てくるまでの時間が長ければ長いほどうまい物が出てくる。
・・・期待してはいなかったがワインをかたむけながら、パエリア到着まではけっこう待たされた。
自分でも時々、パエリアを作ることがあるが、魚介をふんだんに入れ、サフランがあればそうそう
まずいものはできない。つまり、失敗しにくい料理とも言える。

 しかし、今回はぼくのパエリアはやっぱり素人料理と痛感しましたよ。
今まで食べたパエリアの中で一番、うまかった。
何に感心したかというと、米の炊き加減!
パエリアの米は少し芯が残る程度に炊くのが本式と聞いたことがあるが、日本人はやっぱりあまりそれを
好まず、ぼくもそう感じていた。
 さすが、パエリア発祥の地にしてスペイン米生産地の拠点!
サフランの香りも、シンプルな魚介の味ももちろんよいのだが、
香ばしい米を噛み締めている口の中では、その心地よい硬さ加減が
おこげのためなのか、米の本来の残された芯なのかのどちらかなのかが判別できなく、
絶妙なタイミングとバランスで炊き加減を見切っているのだろうと想像できる。
豊かな水を水田に供給してくれるアルブフェラ湖と実りあるバレンシアに感謝・・。

   
アルブフェラ湖に沈む夕日  素晴らしいパエリアに出会った 

5日目 グラナダ

 朝食は果物をとり、9時にホテルをチェックアウトしグラナダに向けて出発した。
今日も天気は上々で快適に走ることができる。この日の移動距離は約550キロ。
地中海沿いの高速を選んで走るが、あまり海は見えない。
やがてバレンシア地方を過ぎ、12時頃にムルシア地方に侵入し、そこのドライブインで昼食をとった。
ドライブインにもバルがあったのでノンアルコール・ビールとタパスをいくつかつまんだ。
ムルシアを通り過ぎれば、目指すグラナダのあるアンダルシア地方となる。
時折、日本の桜と見まがうピンクの花をつける美しい木々の群生を見かける。
後で、地元の人に聞いたらアーモンドの木ということだった。
 15時、すんなりとグラナダに到着したが観光客もたくさん集まる盛大なお祭りのセマナ・サンタのど真ん中で、
さすがに飛び込みで訪ねてみた数件のホテルはすでに満室だった。
何件目かのホテルの受付に、ここは満室だが少し離れたところの同系列のホテルに空室があると教えてもらった。
アルハンブラ宮殿を見下ろせるという山の上のホテルで、60ユーロとまあまあ手頃だ。
繁華街までタクシーで行けるかも聞いてみたが15分くらい、10ユーロほどで行けるとのことだったので
まあ、いいだろうとそこで予約をいれ道順を説明してもらった。
グラナダの街中を抜け、カーブの連続する山道をしばらく走り、直前に予約をいれておいた
「Sun Gabriel」というホテルに到着した。
 部屋の窓からは、残念ながらアルハンブラ宮殿を見ることはできなかった。
駐車場には大型バスも数台あったので、団体客などで客室も一杯なのだろう。
あまり景色のよい部屋をあてがわれたわけではないということだ。
夜まで少し時間があったので、アルハンブラ宮殿のよいビューポイントはないかと、
ホテルのまわりをぶらぶらしていると、スペイン人のおっさんが声をかけてきた。
「俺のあとをついてこい」と言って、なかば強引にホテルの裏にある緩やかな勾配の小道を歩きだした。
仕方がないので、大丈夫かな?と思いながら5分ほど世間話をしながらその坂道を2人で登っていくと、
そこに突如、アルハンブラを見おろす絶景ポイントが現れた。自分ひとりでは見つけられなかっただろう。
しばし、写真をパチパチ。おっさんは消えていった。ありがとう!
スペインの人はやっぱり優しいねえ・・、といつも思うことだが今回も感心してしまった。
 
 この日、iPhoneのメールは調子が悪く、会う約束のあるH君となかなか連絡がとれない。
部屋にいても仕方がないので、タクシーを呼んでもらいセマナ・サンタの見れる中心地のカテドラル付近まで
行ってもらった。
大変な人出で道路には多くの交通規制があり、タクシーもなかなか前に進めなかった。
タクシーを降りたところから、もう街に熱気が溢れ興奮状態なのがわかる。
黙って、沿道に突っ立ていても目の前をゆっくり様々な装飾がこらされた神輿の行進が途切れることなく続く。
家人とこのグラナダの楽しい雰囲気にひたりながらブラブラしたり、バルでワインなどを飲んだりした。
H君へのメールはさっぱり送信できなくなっていた。どうなっているんだ?グラナダの通信網は!
 幸いにも、彼からはぼくのiPhoneへの電話がかけられるようになったので、カテドラルの近くの広場で
なんとか合流することができ、久しぶりの再会に抱き合った。

       
夜が更けても・・人、人 、人 マリア様の神輿  教会に吸い込まれるように  音楽も最高潮に

6日目 フリギリアナ、ネルハ

 昨夜はH君の解説でセマナ・サンタを楽しみ、バルでフラメンコ学校のこと、グラナダの生活事情など
夜更けまでワインをかたむけながら、いろいろ話は尽きなかった。
留学してからグラナダからバスを使っての近郊のショートトリップをいくつかしていたようだが、
まだスペインの海は見ていなというので、学校もセマナ・サンタで休校、せっかくレンタカーもあるのだし、
彼を地中海の海辺への1泊旅行に連れ出した。
グラナダを車で南下していけば、わずか70キロほどで地中海に出ることができる。
あまり、早い出発では昼食をとるのも困るだろうし、この日の午前中はゆっくりと彼の住む下宿や学校、
そしてアルバイシン地区を案内してもらった。
詳しくはアルバイシンのページに書きました。

 アルバイシンの面白いスポットを見てまわった後、12時に僕と家人とH君との3人でグラナダを出発した。
この日も天気は素晴らしく、数年前にも訪れたアンダルシア地方の地中海を見ながらのドライブは最高だ。
H君も初めて見るスペインの海の美しさにただため息をつくばかりだった。

     
地中海は今日も青かった    フリギリアナ 

 このあたりを走るのは8年ぶりだった。
8年前、昼食をとるためにたまたま立ち寄ったフリギリアナの白い町並みとレストランにとても感動した。
今回は必ず地中海を見渡せるこの町に再訪しようと心に決めていた。
 14時フリギリアナ到着。
久しぶりのフリギリアナは、以前に比べずいぶんと町が拡張されていて、観光地化が進んでいた。
スペインの経済危機も世界の周知となってしまったが、ここはあまり影響がなさそうだ。
喜ばしいことではあるが、以前の人があまりいない故ののどかさも恋しい・・。
かつての懐かしいレストランも見つけることができ、マスターも元気でよかった。
料理はもちろんすべてうまかった。
 昼食後、フリギリアナをゆっくり散策し、この日の宿はフリギリアナのすぐ近くの海辺の町、ネルハに決めた。

     
肉・・  肉、肉・・  レストラン「Las Chinas


7日目 再びグラナダへ

 この日は少々、空は曇り模様だった。
ネルハの夜明けは遅く7時でも薄暗かった。
ホテル代はぼくと家人、そしてH君のそれぞれ2部屋を借り、合計で99ユーロとかなり安く、朝食までついていた。
ホテルのレストランの朝食のスタート時間9時にH君と待ち合わせる。
彼は、すでに早起きして海岸を歩きながら、写真をたくさん撮っていたようだ。
この後の予定は、H君をグラナダに送り届け、イベリア半島の内陸部を北上し、降り立ったバルセロナに再び戻る。
今日はどこに泊まるか決めあぐねていたが、まだフラメンコを見ていなかったので
この日、本場中の本場グラナダにもどってホテルをとり、タブラオ(フラメンコのライブハウス)に行くことにした。
11時にネルハを出発し、美しい湖や、ぶらっと気にかかった村に立ち寄ってみたりとのんびり帰ったが
13時にはグラナダのアルバイシンに着いてしまった。
グラナダには重い灰色の雲がかかり、雨もぽつりぽつりときていた。
昼時だったので、H君おすすめのバル「Torcuato」に行く。
ビール、ワインなどを頼むと無料で小皿料理(タパスと呼ばれる)が付いてくる。
それが1ユーロちょっとだから激安だ。(この時のレートは1ユーロ130円くらい)
しかも、かなり腕利きのシェフが料理しているらしく店内満席で、味も抜群だった。
 夜のフラメンコ鑑賞を予約しておくために、食事の後、たくさんのタブラオが軒を連ねるアルバイシン地区、
サクラモンテ地区を散歩するが、この時間ですでに夜の予約が一杯の店が多かった。
フラメンコはやはり、人気のあるものだなと、改めて感心させられた。
数件目に訪ねたサクラモンテ地区のタブラオ「Venta El Gallo」でやっとチケットを買うことができた。
さて、今夜のホテルをどうしようか?と考えているとやがてグラナダはバケツをひっくり返したような
どしゃぶりになってしまった。
近くのバルに避難したが店内は同じく雨をやり過ごす人々で足の踏み場もないほどだ。

 「これがグラナダ天気です」と、H君が教えてくれた。
特に、今年のこの時期のセマナ・サンタのお祭りは、この気まぐれグラナダ天気に大きく左右されたそうだ。
1週間ほど、毎日カテドラル周辺には神輿が出るそうだが、天気の様子を見ながら、ぎりぎりまで
神輿の出発が可能かどうかを見極める。
この神輿はいろんな地区から出ているようで、同じ神輿が毎日出ているわけではないので
雨のせいで中止になれば、また来年まで待たなくてはいけないということらしい。
この行事はスペイン人にとって本当に大切なものらしく、
実際H君は神輿が中止になり、悔しがって涙を流す多くのスペイン人を見たそうだ。
一昨日、天気がよく、ぼくらがセマナ・サンタを体験できたのはとても幸運だったと、いえるだろう。

 バルで雨宿りをしていたら、ようやく雨が弱まってきた。
19時のフラメンコ開演まで、意外と時間がせまってしまったので、ホテル確保は後にし、タブラオに直行することにした。
この日、断続的に降る雨の様子を伺いながら、セマナ・サンタは最終日だ。
タブラオに行く我々、セマナ・サンタの最後を見届けに行くH君とここで、熱い握手を交わして別れた。
 今度は、東京(スペインかも?)で会おう!ありがとう!

8日目 ラ・マンチャそしてトレド

 旅の相棒のひとつに音楽がある。
今回、レンタカーを運転しながら、何度も繰り返し聴いた曲があった。
それはジョン・ウイリアムスの演奏する「ある貴紳のための幻想曲」だ。
 
 この日はアンダルシア地方のグラナダからラ・マンチャ地方を北上し、かつてのスペインの首都トレドまで移動する。
走行距離はほぼ直線の370キロ。
スペインの代表的作曲家ロドリーゴの作品である「ある貴紳のための幻想曲」がとにかくこのラ・マンチャ地方の
荒涼たる原野を走るときに恐ろしいくらい、ぴったり合うのだ。
ギターと管弦楽からなる協奏曲なのだが、ギターの素朴さは渇いた果てしない荒野と空を、
憂いのある弦楽器は蛇行する川と重層的な岩石郡を、不協和音の響きを放つ管楽器はラ・マンチャを舞台にした小説
「ドン・キホーテ」の主人公のユーモラスな姿を彷彿とさせる。
ぼくはハンドルをにぎりながら、この音楽と走る風景の見事なシンクロに幾度となく感動をおぼえた。

 ちなみに音楽はすべてiPhoneに入っているから、持っていったポータブルのJBLのスピーカーに接続した。
電池駆動ではあるが低音もよく再生してくれるなかなか優れたスピーカーだ。
さらにBluetooth(無線)接続ができるので、かさばらなくていい。

     
 コンスエグラの風車と羊たち 美味しいが食べきれない・・   旅の友

 13時、風車が小高い丘に連なる町、コンスエグラに到着した。
ここから今日の目的地であるトレドまで残すところ70キロ。
風が強く雲も流れながら、めまぐるしく姿を変えていく。
見かけたレストランは1軒だけ。車を停め昼食をとることにした。
よくしゃべるマスターのおすすめで羊のチーズ、肉の盛り合わせ、サラダなどを注文した。
肉は様々な部位、ソーセージ、食べきれないほどの豪快さに驚く。味もよかった。

 14時、トレドの街が見えてきた。何度来てもここはいい。
駐車場に車を停めて古都トレドの細いアップダウンのある路地を散策する。
以前はトレドの全景を見渡せる高台のホテルに泊まったものだが、今回はトレドの正門により近い
ホテルに「Mayoral」に宿泊。
バルコニーが異常に広く、トレドを見上げるといったロケーションでこれはこれでいいものだ。
夕食は近所のバルにて。 

     
     


9日目 サラゴサ

 旅に出てから、ずいぶん時間が経過した。スペイン滞在も残すところあと2泊。
この日も宿泊地は決めていなかった。トレドから復路の飛行機に搭乗するバルセロナまで700キロ。
どこか中間地点で1泊すれば無理のないスケジュールとなるだろう。
地図を眺めながらサラゴサあたりがいいだろうと見当をつける。トレドから400キロの場所だ。
7時にトレドを出発し、9時に途中にあるアランフェスの街に少し立ち寄った。
朝が早かったせいか人もまばらだった。
13時テルエルの中華レストランで昼食。ビュッフェ形式で12ユーロとお得。
野菜炒め、魚介もの、寿司、チャーハンなどなかなか美味しかった。
この日も天気がよく、車窓に次々と現れる美しくも不思議な岩石郡に飽きることがない。
 
 スペインの何度かの旅で多くの地を巡ってきたつもりだが、まだまだ知らない所、行っていない所だらけだ。
心に強く印象付けられ何度もリピートしてしまう場所も多いので、この観点からいえば新しい場所に訪れる機会が
減ってしまうということでもある。
今日の宿泊地・サラゴサも初めてだった。
歴史はあるが、ちいさな地方都市くらいなものと思っていたが、
これが近代建築地区と歴史的建造物地区が混在する巨大な都市だった。
中心地は交通量、一方通行もとても多く、ホテルを探すのがたいへんだった。
苦労しながらも飛び込みで、エブロ川とピラール教会を見下ろせるホテル「Ibis」に
20時に部屋をとることがっできた。
宿泊費は61ユーロと駐車場代8ユーロと手頃。
 ちょこちょこと、寄り道をしながらのせいで到着が遅くなってしまったのでここでの観光はあきらめた。
夕食はだいたい地元の人が通うようなバルに行くことが多いが、この日はスーパーで買ったものですませる。
先ほど買ったハモンセラーノ(生ハム)でワインを一杯やる。
スペインで食べるせいだろうか、それほど高くはなかったハモンが尋常ではないうまさに感じる。
実際、日本に輸入されている高価なハモンよりずっと良いものだろう。
このハモンというやつは、噛めば噛むほど・・・といった言い古された形容がやっぱり一番、
適切な表現なのではないだろうか・・。

 眼下に見えるゆったりとした流れのエブロ川の川辺に佇むピラール聖母教会は日が暮れるにしたがって
ライトアップされて美しい。
こんな、ホテルの部屋からこじんまりした夕食も、たまにはいいものだ。

     
 ピラール聖母教会   ホテルから見えるエブロ川と教会 


10日目 シウラナ、そしてふたたびタラゴナ


 今夜がスペイン最後の夜となる。
バルセロナから地中海沿岸を南下し、グラナダへ。そして再びイベリア半島内陸部を通ってバルセロナに
戻る3.000キロ以上走った今回の旅もそろそろ終わりだ。
最後の宿泊地は2泊目を過ごした美しい地中海の街、タラゴナにすることにした。
復路の飛行機搭乗をするバルセロナ空港までは100キロほど。
夕方の便なので、じゅうぶん間に合うだろう。

 昨夜の宿泊地サラゴサからタラゴナまでは240キロ。
ゆっくりドライブしていける。
途中、タラゴナから内陸に30キロほど入ったところにスペインでも屈指の絶景を誇るシウラナという場所を
前日、何げに見ていたインターネットで知ってしまった。
ガイドブックにものっていない、本格的なクライマーたちが集まる断崖絶壁の村らしい。
地図を開いてもなかなか見つからず、、やっと探し当てた「SIURANA」の文字は山岳地帯に位置する
ずいぶん小さなものだった。
(ウィキペディアにも載ってないし・・・)
時間にも余裕がある、これはシウラナに行くしかないでしょう!

 9時にサラゴサのホテルをチェックアウトし、荷物を積み込み出発する。
今日もよく晴れている。
シウラナへの道は走れば走るほど高度を上げ、道が細くなっていく。
心洗われるような春の果てしない山脈や時折あらわれるオリーブ畑に運転も気持ちいいが
道を1本間違えてしまえばとんでもないところに行ってしまいそうだ。
山道にあってほとんどすれ違う車もないし、人も見かけない。
途中、点在する小さな村の村人に道を確認したりしながら、シウラナに近づいていった。

     

 13時、山中でレストランを発見したので駐車場にレンタカーを滑り込ませた。
客は他にはいなかったが、営業はしているとのことだったので
ノンアルコール・ビールと肉料理を頼んだ。
天井が高く吹き抜けになっていて、広々とした気分のよいレストランだ。
窓からの景色もいいし、料理も郷土感が強く押し出されていてとてもよかった。
 

     

 昼食を済ませ、いよいよシウラナへ、ラストスパート。
何重にも折り重なる荒々しい岩肌が屹立した情景がますます濃厚になっていく。
曲がりくねった山道を走っていると、1人のバックパッカーが手をあげていた。
山道をつらそうだな、と思いレンタカーに乗せてあげた。
スペインを旅している感じのよいポーランドの青年だった。
それから彼とおしゃべりしながら、15分ほど走ると、目的地のシウラナの駐車場についた。

       
腹ばいになって撮った       


 そこは想像以上の恐ろしいまでの絶壁の頂きに存在する小さな村だった。
ホテルが2,3軒と、キャンプ場があるが、、村の端っこはどこもスパッと垂直に谷底に落ち込み
一歩足を踏み外してしまえば、かなりの滞空時間とともに死は間違いないだろう。
なぜ、こんな所にわざわざ人が住むように、なったのにはそれなりの理由があるだろうが
それにしても、自分が空中に浮いているようでなんともムズムズと落ち着かない。
しかし、360度絶景のこんな大渓谷が、スペインにあったとは・・。


 
   
  ポーランド青年と  頑張って端っこまでいきました

 

 シウラナを後にして最終宿泊地のタラゴナに17時到着。
先日泊まったホテル「Imperial Tarraco」にインターネットで予約を入れ、チェックインすると
何故かわずか70ユーロほどで、最上階のスィートルームを案内してくれた。
部屋もバルコニーもばかでかく、地中海の眺めは最高。
スペイン最後の夜は何だか申し訳ないくらい贅沢な部屋だった。

 今回も、のんびりした旅だったとは言い難い。
しかし毎日、せわしなくレンタカーで走り回った分、かけがえのない場面にたくさん遭遇することができた。
翌日、無事レンタカーをバルセロナ空港で返却し帰路につくことができた。


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